2012-01-01から1年間の記事一覧

にっかん考現学No.19 あすかの6

前稿で飛鳥座神社のことを述べたが、最後に書いた3点の事に関するフォロウに入る前に、飛鳥とは何かについて、整理しておきたい。 整理作業とは、多くの賢い人達がやらないこと。つまり、最短距離を誰よりも素早く通り過ぎ、多くの人をなるほどと唸らせる仮…

にっかん考現学No.18 あすかの5

飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)の訪問印象記を続ける。村落の中心を通り抜ける道路が神社の正面で、ほぼ直角に折れ曲がっている。小さな小川を橋で越えて、鳥居をくぐる。左手に宮司居宅兼社務所らしい建物、入場料徴収の看板が無い事を確かめて、そ…

にっかん考現学No.17 あすかの4

この日は、大阪・奈良の府県境である古代主要道である竹内街道を西から東に越え、飛鳥を目指した。 飛鳥には古寺巡礼の真似事をして、年に何度か散策した記憶がある。さしたる当ても無くぶらぶら散歩、もう35年以上も昔の事である。 寺や古墳や古代遺跡の…

泉流No.99 紫陽花

* いつの間に アジサイ咲くぞ 雨宿り [駄足] 足る事を知り、足らざる事を知れば、これ即ち老境と言うべきであろう。 さはさりながら、人の世において、自らの事を自ら決める事も。その兆しを計る事も、難しい。 雨雲と雨雲の切れ間に移動して、雨が落ち始め…

泉流No.98  生命体

* 生きている ただ偶然に 生かされて [駄足] 昨日始めて見学した、焼き畑レポートの続編である。 白山は、石川・福井・富山・岐阜の4県にまたがる広大な山麓を誇る、標高2702mの山である。 石川県側つまり手取川流域に限れば、戦後の電源開発事業により、水…

生泉流No.11 地球真理学

* 人たるは 食うのみに 生きるべし 人の道なり これぞことわり [駄足] 今日は白山麓で行われた、焼き畑の火入れを見学した。 2011年3月11日を起点とする震災後紀元の元年に、とても深いものを感じた。 人類史の原点に回帰するイメージを持った。 食料生産の…

生泉流No.10 金星

* ヴィーナスを 六と六とで 空見上げ ろくに判らぬ 日面経過 [駄足] 今日は、2012年6月6日である。序でに筆者は満66歳である。 6に因んで、12時12分に太陽を見上げたが、金星の太陽面通過は、はっきりと確認できなかった。 前回の天文事象は、4月21日…

生泉流No.9 金浦の海

* 金浦の 凪ぎたる海に 光あり 海士剥かけて 花の街道 [駄足] この度の桜を訪ねた東北の旅は、4月28日の最北端の到達地=角館をもって打ち切りとし、南に向かって折り返した。 今朝の払田柵(ほったのさく)丘陵から天気の回復となり、移動の日は晴れると言…

泉流No.96〜97 払田柵

* 吾妹子は 答えに詰るか 言わず山 * 柵の丘 コブシに桜 ふじの山 [駄足] 秋田県の仙北平野は、この国有数の穀倉=美田地帯である。 この地に吹く、北西方向からの季節風がある。稲の実つまり米を実らせる暖かい風である。 この地では、その風の事を「生保…

にっかん考現学No.16 あすかの3

3月1日から始めたシリーズだが、テーマに相応しい研究仮説である「あすか」を取り上げたのは、5月に入ってからであった。 第1回の取材先は、既に書いたとおり、山形県を流れる大河の河口に形成された酒田市の一画=平田町にある、飛鳥神社であった。 前…

泉流No.95 ふきのとう

* いやにはや サクラ求めて ふきのとう [駄足] 東北に桜を訪ねての遠来の旅は、最初の足がかりたる狙いめの岩手・平泉が時期未だしとばかりに、空振りであった。この句は4月27日に作った。 内陸地域の桜前線は、海岸沿いに大きく遅れる。前線のカタチは水平…

泉流No.94 観自在王院跡

* 荒くれが あらげ壊して 春薄し [駄足] これは去る4月26日 岩手・平泉の観自在王院跡で作った。 桜を求めての旅であったが、内陸辺はほとんど空振りであった。 タイミングを誤った、我が身の不徳なのだが、、、、 芭蕉を憶い、「強者ども」の悪夢が未だ…

泉流No.93  於=なぎさ

* 木々ゆれる 風の道さす ひだの川 〔駄足] この日、飛騨川を眺めつつ昼飯をとった。 川のほとりに建つ、渚(岐阜県高山市。山の中に渚なる地名があった、近頃耳にする宇宙の渚のような位置づけかな?)の道の駅には、バルコニー・スタイルのレストランが…

泉流No.92 新菜食主義?

* この頃は 飽きずに主食 イチゴ食う 〔駄足] 旬=しゅん、なる言葉がある。正しく使っているかどうか自信は全くないが、今時当地のイチゴがそれに当たるであろう。 いつまで続くかは、さておき。連日の食卓に朝摘みのイチゴが供される。 いつまでも続いて…

にっかん考現学No.15 あすかの2

直前のNo.14稿が未完成だが、執筆中に取材不足に気がついた事と金環食のタイミングが重なり、急遽再びの草鞋を履いている。 上記は、5月22日の記事であるが、No.14稿は、5月27日に成稿とした。 因に金環日食の観測地は、三重県御浜町に定め。訪問地は、アス…

泉流No.91

* 春はまだ 枝垂の桜 つぼむ頃 〔駄足] 岩手は平泉の毛越寺(もうつうじ)に居た。4月26日のこと。 大災害・大津波の年に世界遺産の登録を実現させているが、かつて仙台に勤務したこともあって、訪問としては、何度目かのことになる。 この庭園は、もう80…

 遠山の  雪むらさきに  花曇り  外山サクラか  はたまたコブシ

〔駄足] 4月26日は、岩手県平泉の地に居た。雨にこそ遭わなかったが、その不安はいつもあるような日だった。念じて遥か遠くから駆けつけたが、念願のサクラには、今少し早過ぎた。まして枝垂れ桜は、更に遠い感じだった。 移動の途中、車中から遠望した手…

泉流No.90 5月

* アオテアは 若い緑の 薫る風 〔駄足] 昨日のお昼時、目の前にあったキャンパス風景をコトバで描いてみた。 若緑の新芽の小高い木の枝越しに見える青空と白雲は、久しぶりの好ましい世界であった。 時間はとうに1時を過ぎており、空腹を訴えながらも、暫…

にっかん考現学No.14 あすかの1

去る4月の下旬、山形県に行った。酒田市平田町(2005年に合併し、行政地名は今こうなっている)にある飛鳥神社を訪ねたのである。 行く前の印象と行った後の胸中に去来するものとは、大いに食い違い。とても重くなってしまった。 飛ぶ鳥と書いて、=あすか…

泉流No.89 鯉のぼり

* 雪巌 最上白川 鯉のぼり 〔駄足] 春らしくないのだが、時が来て花が咲くので、はるばる北陸を発ち、4月25日は最上川を遡上しながら東東北の大崎平野を目指して、のんびり走っていた。 1温3寒の割合で、天気は推移する傾向にあった。困ったことに、花…

泉流No.88 スーパームーン

* 十六夜 光が届く 枕元 〔駄足] 我が家では、月光を強く感ずる、この3日間であった。 当然のことながら、晴れることが前提だ。 しかし夜通し起きていることもままならないので、単なる実感に基づく報告のみとしておく。 就寝の頃と・ひと寝入りして偶然…

泉流No.87 猫鳥

* 屋根上を 飛び行く声あり 猫の鳥 〔駄足] 取材の旅の第1泊の朝、泊まった家の屋根上を飛び行くものが居た。 鳴き声は猫だが、音源の移動速度からして、飛行する動物=鳥類と思われた。 姿までは確かめてないが、ウミネコであろう。 この年、なかなか冬…

泉流No.86 春川増水

* まんまんと 雪解け水ゆく 春の川 〔駄足] 4月22日少し大きめの車を転がして、家を出た。例によって多目的の放浪取材の旅である。 時に花を求め、人に会って話に花を咲かせ、道を尋ね、川を眺める。 狭い道での切り回しを考えると、移動車両はより小さ…

にっかん考現学No.13

今日は、5月1日である。 このシリーズは、去る3月1日に第1稿を書き始めたが、第12稿=3月27日をもって中断した。 中断の理由は、書き換えの途中、意欲を失っただけのこと。 未成稿のまま放置してあるが、いずれ気力の回復を俟って,完成させたいもので…

泉流No.85 新墾田

* 花いかだ 千枚浮かべる 新墾田 [駄足] 桜ふぶきは、そろそろ終わり頃になっている。家の周りは、その昔穀倉地帯と呼ばれた加賀平野の美田が住宅化した混在田園である。 5月のゴールデンウィーク前だから、田んぼに水が入り始める頃である。早苗の方は…

にっかん考現学No.12

新シリーズのにっかん考現学は、1日から始め、今日が第12稿である。 原発廃絶に向けての国民的キャンペーンが起りつつあり、それを機にこの日本列島も2周回半遅れの君主政体から脱して、先進国並みの市民社会の達成へと進む兆しがあるようだ。 そのよう…

にっかん考現学No.11

にっかん考現学は1日から始めたシリーズで、本稿は第11回である。 直前の第10稿で、原発の去就についての国民投票実施を述べたが、今日はその補足説明を行う。 まず、国民投票は、言葉のみあって。日本列島の現行法規には、全く存在しない。 では、立法機関…

にっかん考現学No.10

この「にっかん考現学」は、3月1日から始めた新しいシリーズで、本稿が第10稿である。 3.11の悲劇から既に2年目に入ったが、こと原発についての基本姿勢がどうなって行くかが、已然としてはっきりしない。 フクシマで起きた人災事故は、炉心付近の実態把握も…

泉流No.84 彼岸白

* 今朝もまた 雪の舞いたる 彼岸過ぎ 〔駄足〕 世上よく聴かされたコトバに。 暑さ寒さも彼岸過ぎ・・・・があった。 農事暦の一つかもしれない。列島各地を転々として来たので、一つの教えをもって。どこでも通用させるのは危ない事を心得ているものの、さ…

にっかん考現学No.9

1日に始めた新シリーズ9日目・第9稿である。 3.11の悲劇、それは地震・津波が襲うような場所に、原子力発電所を設けた愚に起因する。 その愚かさは、大から小まで様々だが。これもまた、いささか廻りくどい事であるが、一々列挙する。なお、進行番号は、前…