にっかん考現学No.12

新シリーズのにっかん考現学は、1日から始め、今日が第12稿である。
原発廃絶に向けての国民的キャンペーンが起りつつあり、それを機にこの日本列島も2周回半遅れの君主政体から脱して、先進国並みの市民社会の達成へと進む兆しがあるようだ。
そのような期待を込めて、直前の2回稿を書いてきたのだが、国民の総意を集約する手続きは、情報技術の進化を取り込めば、比較的短時間をもって、費用面の負担も軽く済ませることができるのではないだろうか。
現行の議院内閣制と国民の選挙による議員選出という所謂間接政治の仕組みは、明治中期に導入されて以来。既に百年以上の時間が経過するが、時代錯誤による実体虚夢化がはなはだしい。
虚夢実体なる言葉は、耳慣れない新語まがいだが。世上言い古された制度疲労よりも遥かに低い劣悪の状態を示している。
60数年前に現行憲法を制定する際に、地方分権の章が置かれたが。一応書いておくだけで、それを骨抜きにして神棚の奥の方に埃まみれのまま放置された。そんなデタラメな言行乖離(げんこうかいりと詠む。言うことと行うことが懸け離れる)の状態が、戦後から今日まで60数年継続しても国民の大勢は何らの”異論”をも唱えなかった。
一説に”唱えなかったのではなく、怖くて唱えられなかったのだ”とする見解もある。行政府という本来暴力集団でもない官僚組織が、暴力団を凌ぐほどの強固な内部結束を示し。社会のお荷物化したのは、果たしていつからだろうか? それは、沖縄返還以降のこととも。遠くサンフランシスコ講和条約以後のこととも。にわかに決めがたい。官僚組織が最強集団になれたのは、米軍駐留という異常事態の長期固定化にこそ基礎的事情があることはほぼ間違いない。つまり、戦後の冷戦体制が生み出した、不幸な事態であるし、ベルリンの壁が崩壊した時に、さしもの東西冷戦状況も消えたにもかかわらず、官僚組織と駐留米軍との不正利益収奪構造体は、がっちりとスクラムを組んで、ポスト冷戦の国際社会体制へと踏み出す芽を摘んでしまった。
上述した2周回半遅れとは、日本社会の市民社会への移行や人権と民主の拡大による正常化を阻止している反動理念に徹する官僚による集団独裁が一向に衰えを見せない現状のことであり、原発問題の深刻さもまた、そこに全てが起因しているのである。
いささか脱線だが、この国の発言と行動の不一致。これは、古代・律令制導入以来定着した国民的伝統文化でもあるようだし。明治以降に強行された国民皆兵の愚かな虚構がもたらした愚民策に原因があるかもしれない。本来の最強暴力集団組織は、陸海軍なのだが。戦後進駐した駐留米軍
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これまた