高尾山独吟百句 No.14 by左馬遼嶺

 もくもくと  そこにもここにも  雪落ちる
〔駄足呟語〕
昨日は日曜日の朝のことだ。
朝起きて驚いた。静かな白い世界
その前夜から,静かにしずかに、雪は降り続けていたらしい。
大雪警報が出ていたらしいが、ニュウスを見ないまま知らずに寝込んでしまっていた。
いつもと異なる外界の気配に,カーテンを引いて、事情を理解した。
音もなく,ただただ黙々と天から白いものが落ちてきていた。
上空は、ただ淡い雲の中のような、見えるものが無い,よく掴めない世界であった。
そこから、とめどなく、湧くようにコムギのように白いものがとめどなく落ちてくる。
見渡す限り,世界は白い。そして音が消えていて,何も聞こえない。
かつて、何度も味わったようでもあるが、はっきり憶い出せない不思議な体験であり
おそらく年に一度味わうような世界だ
閑話休題
これほど無尽蔵に雪が天からひたすら落ちて来るのは、何とも妙であり・不思議だ。
この地北陸にはあまり無い事だが、この数年あちこちで集中豪雨とかゲリラ豪雨とかを聞く。
昨日の大雪は、その変形だと思うと,ありえない天象事象とも言えない。
ただ、ひとつ判りやすい違いと言えば、全く風が止み。どこまでも無音の静寂な世界であることだ。
その音を消すのは、おそらく雪の質量であり。空気と少しの水蒸気を含んだ特異な塊のせいであろう。
雨も雪も空中の雲からもたらされる同じものだが、少しの生成条件の差が,一方は音を消し去り・他方の雨は音=強い風の存在を消しえないらしい。
雨となるか・雪に変わるか、それは実は、とても大きな地域差と言うべきであろう。
この大きな気象差は、下界に棲む人々の生活状況を規定している。
北陸が、そこに住む人に温和な性質を与え、コメドコロであり、かつては繊維産業が立地するに適した湿度に富んだ土地柄であることの根底には,この雪が大いに貢献していることであろう。
山の奥に降り積もった雪が、夏に向けて、ゆっくりと融け。悠々たる時間をかけて河川に流れ出し、そうして夏の暑さと乾燥を和らげる事が、下流域の人情と産業立地を形成したと考えたい。
コメの生産規模に比べて,地域人口が少ないのは、雪の厳しさが人の定住を阻んでいるのかもしれない。
北陸が通史的にコメの移出ゾーンであったのは、雨でなく雪が降ってくる事に大きな意味があるようだ。
最後に冬の雪をもたらす時空間メカニズムを型どおり述べておく。
我らが棲む花綵<はなづな>列島は、大陸の東に存在する。その西は大洋である。
ユウラシア大陸の中心には、ゴビなどの大きな砂漠があって、大気を乾燥させ冷たくする。
冬期の卓越風は、偏西風とも呼ぶ、西の砂漠から太平洋に向けて吹き出す。
我ら日本人は,風下にあって、風の吹き出す源流を選びとる自由選択権は無い。
身近な風上に,日本海がある。そこにはクロシオの分流が北に向かって流れている。
クロシオは、暖かく湿潤であるから、日本海を通過する偏西風に多量の水蒸気を含ませる。
日本海を通過しながら水蒸気を孕んだニシカゼは、花綵列島を南北に走る脊梁山脈にぶつかり、水蒸気はたちまち雲に変る。
そこで発生した雲が、日本海岸に雪を降らせる。
脊梁山脈で水蒸気を手放したニシカゼは、関東の空っ風に代表される乾燥した強風となって,太平洋側に流れ下る。