いかり肩ホネ五郎の病床寝惚け話No.10

先祖還りに伴う糞尿譚の前半部=フン戦記は、前稿で終った。
今日は後半部=尿闘談である。
目が覚めている日中の時間帯は、さほど問題は無い。ネックはやはり夜間にある。
入院中誰かの画策が奏効してか?日中ばかり、1日に3度も脱糞した。
これで夜間就寝中の糞こきと言う。最悪のネックは回避された。
まさにナース統治世界における患者学の優等生であった。
だがしかし、患者学をもってしても、「大は小を兼ねない」
小用は、消灯の9時半から起床の6時までの間に3〜6回襲ってきた。吾が意思ではどうにもならない事態であった。
日中の小用は、カウントしてないが。紙おむつ交換でもって対応可能だから、さしたる課題にはならない。
夜間の小用を紙おむつだけで対応することは、容量的に無理だ。これがナース団の託宣であった。
彼女らの長い経験から、夜間の少数人員配置体制で。紙おむつ交換対応は無理とされた。
そこで、新兵器なるものが登場する。
正式名称はもう忘れた。ワット式の印象的命名法ではこうだ。
コンドウ<近藤勇>ム型尿集め装置である。
夜になって寝ようとすると、小生の大事なピストルにゴム製の長いパイプを被せる、下手なナースがゴリゴリやると痛い。別に”吾がブツ”が大きいから痛いのではない。コンドウ君の径の方が小さすぎるのだ。
それは、パイプが外れたり・パイプ中の液体が漏れないようにするために、わざとタイトのものを装着するらしい。
後に漏れ聞いた話だが、患者の中には、痛さと精神的な屈辱?とから。コンドウ君を拒否する剛の者が居るらしい。
ワット的に想像するに、その者はきっと今も現役なのであろう。それとも莫大小<メリヤス>反応を呈したか?
その点、ワットは、寝室分離15年経過であり。全くもって、役立たず状態が久しく固定している。
ピストルが、膨張して白い粉が出ることは、もうとうに消滅時効である。
まさしく人畜無害である。
コンドウ君に繋がる長いパイプの先には、集尿袋が付いている。夜間を通じて、集尿袋はベッドサイドの冊に下げておかれる。翌朝起床後にナースが現れて、コンドウ君一式を撤去する。
いわゆる寝相が良ければ、何らトラブルは無い。貴公子然として、寝返りもせず、就寝時の姿勢を保ったまま夜明けを俟つ寝姿保全術を身につけていたらしい。別に索縄をもって緊縛されてはいなかった。
だがしかし、多くの患者の中には、寝返りを素早く行う御仁もいたであろう。どうなるか?
ピストルカバーが、大事なピストルを急に引っ張る。きっと悲鳴を挙げて、突如目覚めたことであろう。
想像してみよう。新撰組の闇討ちほど、恐ろしいものは無い。
そこで、ワットは考えた。これで結構な発明家なのだ。
パイプの中つまりピストルカバー〜集尿袋の間を、ただの隙間とせずに。紙おむつと同じ吸水材を封入すればよい。
さすれば、放尿した液体は還流しないから、ピストルカバーの緊縛度を緩和できよう。仮に外れてもベッドに洩れ出す危険性は乏しいのだ。とまあ、机上の空論である。
さて、夜間の放尿問題は、退院後自宅においても、大きな課題であった。
介護用品の総合カタログに”コンドウ君一式”が載っていた(=商品名は忘れた)、結構に高価で1セット1万円超。
これが病院だとナース団が入れ替わり立ち代わり脱着し、洗浄し、乾燥させて再利用するかな?人海戦術ありだ。
毎日使うものとして、結局家庭向きではないとあきらめた。
その代わり。と言うのも変だが。その千倍もする高価な買い物をすることで、解決した。
転居したのである。
2階建て木造借家を出て、中古マンションに移った。
トイレがフラットな移動で行けるようになった。その面の環境は、可能性において改善した。
しかし現実策としては、吾が夜尿対策術は、溲瓶<しびん>法に落ち着いた。
溲瓶をベッドサイドに置いてある。ベッドサイドで用を済ませ、朝まで部屋の外には出ない。
寝つきも悪いが、寝起きも悪いからだ。とかく夜間移動は危険過ぎる。
但し、良いこと尽くめではもちろん無い。溲瓶にはフタがある、それでも部屋中に匂いが洩れないことも無い。
寝室が臭くなる。
これは持ち家のブロイラーハウス住人として、中・長期的に由々しい問題ではある。
ブロイラーハウスと言うも下駄履き長屋と言うも、いずれにしても敗戦後の貧困を象徴する都市文化である。
戦後の文化住宅なる欺瞞に満ちた住居政策は、結局核家族を量産し。核家族の崩壊は次なるステージとしてお独りさま爆増へと突き進んだ。
「文化」を名乗った要素が、どこにあるかと言えば、『水洗トイレが完備した住宅であった』の一点に尽きよう。
しかし、その後の時代変化や生活事情の変化や家族構成の変動に対する備えが欠けていた。
その点において、終始住宅政策は貧困のまま推移した。
少子高齢の問題も、住宅の狭隘と柔軟抵抗性と言う住宅政策の貧困から派生している。
映画界での寅さんの人気もTVでの鬼ばかしの高い視聴率も、ともにフレキシブルな住居環境とそこに定着する生業規模のパパママ・ストア規模の小商いが醸し出す安定感に起因している。
こっちの方が、相当に文化的であり、幅でも奥行でも勝っているのだ。
その点で、鳴り物入りで文化の香り高いと囃された団地は、ロングセラー・ネストにはならなかった。
団地もマンションも、先端研究の場である宇宙船=スペースシャトルも、トイレ付の刑務所に実に似ている。
最後の戦中派に属するワットは、各室トイレ配備の鶏舎式集合住居で落ち着いて暮らしている。