もがみ川感走録第32  べに花の8

もがみ川は、最上川である。
    夏も近づく 八十八夜 野にも山にも 若葉が茂る
    あれに見えるは 茶摘みじゃないか 
    アカネたすきに 菅の笠
このところ、古い季節感でモノゴトを語りにくい雰囲気があるが。
それを難しく語ると気候変動の問題や高速輸送とエナジーの課題に行着くから、ここでは踏込めない。
表題の詩は、あらためて口ずさむと。自ずから歌になり、情景が浮かんでくる。
起承転結がよく配置されており、あたかもその場に身を置く臨場感が迫る。
その光景の中に浸かってつい振返る。背後に、なんと青い空・白い雲・秀麗な富士山の雄姿があった。
現実に戻る。最上川と茶の栽培はどうであったか?チラとよぎるも答はみつからない。
古い知識で、日本列島における「お茶の北限」は、新潟県村上市とある。
最上川と並ぶ緯度的位置だが。一般に内陸は海岸域より気温が低いから、茶の栽培は困難なのではないだろうか?
農業と野獣は、多く敵対する関係だが。イノシシの北上が最近著しいらしい。
「文明は北を目ざす」ごとく、イノシシの文明度も地球温暖化に便乗して、襲撃範囲を拡大しているらしい・・・・
八十八夜は立春から起算して。概ね5月の初め頃になる。
お茶と言えば、静岡だから。その地の季節感と東北地方のそれとは1ヵ月以上のズレを織込んでおくべきであろう。
初夏の頃の、若い娘の出立ちは、瞼の中でもいつまでも初々しく眩しい。
新調された作業着の出立ちは、藍の地に白の絣・鮮やかな茜ダスキは幅が狭いせいか一層際立つ。
畑一杯に広がる新茶の緑とタスキの赤系の色は、互いに補色の関係だ。
今日のテーマは、赤系の色に占める紅花の座標軸を抑えておきたいとするものだが・・・
なんと、それは吾が一生を賭けても、爪の垢にも届かないくらい奥深いものである事が判った。
筆者が身を寄せる北陸・金沢は、伝統工芸の盛んな土地であり。加賀友禅もまた盛んである。
赤系の色が、どれだけあるか?実は、今でもよく判らない。
そもそも赤と紅は、呼名からして別色である。それに加えて朱色・緋色・イチゴ色など多い。
冒頭に出て来た「茜色」に蘇芳色・ベンガラ色・柿色・杏色ともう数えきれない。
梅雨に映える花、アジサイは紫陽花と書くから。赤系統から青色系まで微妙に備わるように見えるが、
呼名が異なる赤系統色を隣り合わせても、相互に落着いて見えるようにはならない。
途方に暮れるばかりなので、もう投げ出す事にした。
困り果て、最後に採上げる色目は、カラクレナイである。
唐紅とも韓紅とも辛紅とも書く。
北陸・金沢の海辺から、南の方に白山が見える。
山岳信仰や風水の伝来経路を考えれば、この地では「韓紅」の文字を当てるのが相応しい。
白山に祀る神は、白山比め神<しらやまひめ。めの字は、偏が口・旁は羊から成る>つまり菊理媛尊<くくりひめのみこと>であると言う。
この音声「しら」は、東アジア地中海たる日本海の対岸にある韓半島新羅に音が通う。
彼の地からは、繊維産業に関する技術や文化の総体が日本列島にもたらされたと言う。
この度のウィンブルドンを逃してしまった錦織<にしこり>は、地名でもあるが。字面どおり”ニシキ・おり”であるから渡来系の技術者集団が持つ職業名がそのまま苗字となったものであろう。
忍者の元締めである「ハットリ・くん」なども字を当てると服部だが、これも人名にして地名である。
さて、先に述べた「くくりひめ」もまた、職業に由来するものらしい。
染色の工程は、糸を染める=先染めと織物にしてから染める=後染めとがある。
染色液の中に漬ける行為、それが”くくる”である。
織物工芸の盛んな北陸・金沢に相応しく、古代からの神が染色技術者の名前を持って、眼の前の高山に鎮座する。
その山からは、ほぼ1年中を通じて、涸れることなく,豊富な自然水が供給される。
染色工業に、まず必要な基幹的素材は「水」であるから、実にリーズナブルだ。
織物工業もまた、湿潤な風土を求める産業だから。雨がちな北陸に適している。
とまあ、赤色系の話題を口にしながら、すり抜けて・すっぽかしているうちに季節が移り。
大和国竜田川の秋に情景の方も転じてしまっていた。
    千早ぶる 神代も聞かず たつた川 
    辛くれないに 水くくるとは
小倉山百人一首より、在原業平の作である。
因みに、在原業平<ありわらのなりひら 825〜880、平安初期の貴族。六歌仙・36歌仙>は、阿保親王の五男・在原行平の弟だが、在原姓は臣籍降下による名乗りであって。本来は、桓武平城天皇直系の末裔に当る血筋である。
伊勢物語の主人公とされており、高名な美男であったようだ。
さまざまな木の葉が、竜田川の水に映りそして川水に浮かんで流れてゆく。
黄葉に・紅葉が混じる。自然界の色は、単色ではない。
この黄色と紅色の組合せは、まるで紅花そのものである。
紅花に含まれる色素のうち圧倒的に多いのは、黄色の色素らしい。
紅色の色素は、僅か数%にも満たないらしい。
最上川の流域農家が造る紅餅は、その少ない方の紅色のみを残した貴重品中の貴重素材となる。
ハワイのカメハメハ王が被る王冠もまた、黄色と紅色の組合せだと言う。ただ、こっちの方は鳥の羽を寄せ集めて造るらしい。自然界にある色をそのまま寄せ集める困難は、一層厳しいと聞く。
黄色と紅色の組合せは、自然界に存在する最も豪華な色と考えてよいのではないだろうか