か麗の島 No.21

北投温泉(ぺいとう・おんせん)がある北投渓谷から産出される鉱石の話の続編である。
その鉱石の名は、北投石と呼ばれ。その放射能を出す性質が、温泉の効能にプラスに作用しているらしいと。多くの人は考えた。
北投石の発見報告は、1905日本人理学者によって為された。
台湾が日本の植民地に属して11年目に、その新天地の温泉渓谷から、素晴らしい鉱物資産が見つかったのである。
そもそも放射能なる 眼にも見えず・手で掴むこともできない・複雑不可解な物質について。
当時も・はたまた現代においても、果してどれだけの数の人が、正確に理解し。他者から発せられる設問に対して、不都合なく応えられるであろうか?
自然科学の門外漢である筆者には、到底勤まらない難事である。
ただ、発見・報道された1905当時、放射能に対する人々の視線は明るかった。
前々年1903に、女の物理学者が、ノーベル賞を受賞し、放射能なる新語が広まった。
世界中のメディアが、その業績を絶賛した。
スーパー・レディーが拓く・自然科学の新しい未来は、新興・台湾への期待とともに、列島ワールドをも覆った。
それから106年が経過した2011年。大地震津波によって、列島で爆発的に普及した物がある。放射能測定器だ。
原子力発電に対する役所の対応・姿勢が、何ともスッキリしない国情だから。比較的安価でポータブルかつキュートな測定器を、多くの人が持ち歩き始めた。
周囲に放射能が無いことを確かめて・安心したいのだが・・・環境中の”放射能の常在”が可視化されたことで、原子核物理学への関心と疑念は、急速に進みつつあると言えよう。
さて、筆者が自らに課した設問=”化学と物理学とはどう異なるか?”についての応えを愚考することとしよう。
何とヘマな執筆態度であろうか?不得意分野に自らを追込んで、墓穴を掘ろうとは!!
必死になって、参考文献を探索した。
ニュートン別冊(2007・1月ニュートンプレス刊) 完全図解 『周期表』にひたすら頼った。
急いでざっと眼を通したが、疑問は一層深まるばかりである。
アトが無いので、エイやっと片付ける次第なのだが・・・・
さて、地球が誕生してから45億6千万年が経過したとされる。
その計算データが確定して未だ100年経ってない。それは原子核物理学が定説になって、未だ100年が経過してないからだ。
原子核物理学の成果としての年代測定法が、短期間で世界中に普及した。
現在の自然科学は、確率と原子模型に基づいて、自然事象の性質や変化の過程を破綻なく説明し・理解することができている。
筆者は極めて疑い深い性格だから、「科学の成果たる知識は、無限に部分知でしかない」とする立場であり、上述のような表現とならざるを得ない。
現代の物理学は、地球と地球外宇宙との間にかつてあった区分を撤廃し・共通1個のジャンルとしている。
宇宙年齢も地球年齢も”原子核分裂進行時間”をもって概算されるが、将来起るべき新事象の発見により、補修正される懸念なしとしない。
例によって、私見の開陳が先行したが。残り紙数は限られている。
化学とは、大は宇宙から・小はノミの体内細胞まで、あらゆる物を構成する分子・原子(=元素とも言える)の構造・性質・その構成上の変化(=化学反応のこと)を扱う学問である。と措定する。
対する物理学は、化学の内側から主として純粋元素の重さを測定し・原子の内部構造を想像し理論的に解明する課程で派生的に生じた確率性や観念性の高い学問にして、素粒子物理学量子力学などの一層不可解な新興物理学との連携・融合も進展したので、合理性は整いつつあるようだ。
とまあ応えとして=化学と物理学それぞれの定義めいたものを、泥縄式に並べてみた。
序でに脱線しておこう。
前稿で、錬金術なる言葉を使ったが。
鉛などの卑金属から金なる貴金属を取出そうとした発想そのものは、極めて物理学の観念に近いと言えよう。しかし、元素の生成との関連で言えば、その実現性は何とも言えない。
原子番号原子核の中の陽子の数を整数置換>26の鉄=Feまでは、ビッグバンから星の誕生までの宇宙時間の中で作られたとされるが。それよりも重い27コバルト=Co以下の元素が生成された機構は未だ解明されてない。
超新星爆発でないかとする説があるが、錬金術対象たる金=Au79&鉛=Pb82は、ともに鉄より重い。実現性は更に遠いかも? とかく錬金術は胡散臭く・密室の隠微さがつきまとう。
その点、公明・正大で、開けっぴろげな夜空の花火は判りやすい。科学的に言えば、金属の炎色反応・光と金属の芸術表現でもある。
その”光と色”にこそ、宇宙と地球とを繋ぐ手がかりがあった。科学者は、光を詳細に観測し・じっくり考察した。自然界に存在する元素が、宇宙と地球のどちらにも共通して存在する。それが成果であった。
最後の脱線は参考文献のタイトルに絡めて周期表だ。我流的解釈だが、化学と物理学の境界面を一望できそうだ。
現在確定された元素の数は、111。うち約20は、本来の自然界に存在しない・つまり人工元素である。どこまで増やすか? 科学者の妄想は計り知れない。
周期表の考案と言えば、D・メンデレーエフ(1834〜1907 ロシア・化学)を挙げる。
1869年に作成したとされるが、元素をまず重さ順に並べ・次に性質の反復性<グループを成す>に着目した。そこでタテ軸に重さ(=より物理学的)をヨコ軸に性質(=より化学的)を配置した。
線型でなく表型式にしたことに着目したい。まだある、当時知られていた元素は63であったが、彼は将来の発見を想定して,表の中に「空欄」を設けた。それは科学的定見を踏まえた予測行為であり、その予言は間もなく的中した。
彼の周期表は、原子模型/陽子・電子・中性子なる概念が確立する以前の科学知識による原始的プランでしかないが。パイオニアとしての業績であり、後世好意的に補修・利用されて現在に至っている。