おもう川の記 その4 荒川に見る地名の歴史

前稿で山形・新潟の両県を流れる荒川のことを書いた。
メインテーマは別にあるから、すんなりそちらに行くべきだが、、、、
割り切れないので、荒川の続編を片付けておきたい。
荒川・音は”あらかわ”だが、川の名は「荒れる・暴れる」に由来すると一般に解されている。
水理として、川幅が狭い・急流だ・堤防が低い・・・・頭の中に浮かんだ。
平常時と降雨時のギャップ・雪解増水期の変動量など、多元関数を解く難しさがある。
過去に氾濫が度々起きた地域でも、幾世代かを経ると忘れられる。
3.11地震津波の地域共有記憶のそれと大差ない。
早手回しの予防工事をと声高な呼びかけが聞こえる。
それも一考だが、役人と工事業者が並べるご託となれば。住民サイドに摩寄る一方で、さて本当の狙いはどこにあるやら?
公共工事を退けようと筆者も思わない
だが、美田を残すメリット以上に、重いデメリット=多額の国債残高を子孫に残したくない。
国債負の遺産を若者に付回して,彼らの未来を狭める愚は避けたいもの。
さて今日述べたいことは、地名と地形のことである。
”あらかわ”なる地名は、列島各地にある。
”あら”なる地名もまた、多数・各地にある。
安良・安羅・安良里・荒木・・・・
一説に渡来系に因む土地であるとする見解もある。
もとから地名に関心があった。
地名は炙り出されるべき地理・地形との因果関係を持合せるか?
仮にあるとすれば、その合致度はどのような割合なのか?
とまあ、筆者が考える程度のことだから、殆ど必ず先行・先達がいる。
この際筆者が知る、歴史地理研究と呼ばれる分野の先学4人を一挙に紹介しておこう。
○ まず、金達寿(キムダルス 1919〜97)
本業は文学<小説>、在日<慶尚南道・現・馬山市>。シリーズ「日本の中の朝鮮文化」で古代朝鮮語由来系地名研究を進めた。
○ 次は、山田秀三(やまだひでぞう 1899〜1992)
官僚・実業家からアイヌ研究・地名研究へ。アイヌ語由来系地名研究を始めた。北海道東北の各地を踏査フィールドワークに徹した。
○ 3人目は、谷川健一(たにがわけんいち 1921〜2013)
民俗学・地名学 庶民資料集成・民俗文化大系・南東文学発生論など、研究領域公汎かつ著書多数。
○ 最後は、吉田東伍(よしだとうご 1864〜1918)
歴史地理学 大著「大日本地名辞書」を編纂し、近代能楽研究を創始した。
以上4名を簡単に紹介した。
それぞれの担当領域は少しづつ異なり,かつ相応に重なり合っている。地名とはそのようなものであるらしい。
先に書いた安良・安羅・安良里・荒木などを渡来系に因む土地であるとするのは、金達寿氏の見解だ。
列島内にある地名と同音の地名が韓半島に先行して存在する事実を指摘した。
その字語なり・音なりが導きだす地形の意味や特徴などには殆ど踏込んでいない。
彼の見解に対して、もちろん批判的な立場の研究者もいる。
最も威勢よく反論するのは、「皇軍史観」<筆者の造語>の立場の方々である。
筆者は、渡来系地名学にも割合100〜0の割合だが、一定の説得性があると考える。
渡来系地名学の限界は、弥生時代よりも古く遡れないことにある。としておきたい。
古朝鮮三国時代の分国=百済高句麗の滅亡は、いずれも7世紀後半のこと。
列島への亡命者=弥生系人が渡来し・定住する量的ピ−クは、その前後となるからだ。
更に古い時代の地名となれば、当然縄文人が名付親となるはず。
そこで山田秀三氏の出番となる。
彼は、まずアイヌ語の学習を志し、並行して地名の収集と現地探索を積重ねた。
彼の言に従えば、アイヌ語で地形の特徴が描ける地名は、ほぼ列島全域に及ぶそうである。
そのことは、弥生系人が渡来する以前 縄文人が列島のほぼ全域に広く分散居住していた史的見識を導く。
民族学的結論と重なる事実でもある。
先住民であった縄文人は、後来した弥生系人によって列島の辺境=南の端と北の端へと追いやられた。
そのことは歴史文献にも、アイヌや隼人と呼ばれ・どちらかと云えば差別される存在として名を残した。
よってアイヌや隼人は縄文人の末裔と考えられる。
山田秀三氏は、地名研究に徹する立場を貫いたから、そこまで言及していない。
彼が実際に自らの足を入れて踏査したフィールドは、北海道と主に北東北であった。
研究の進め方が、堅実かつ慎重であった。彼が生まれ・活動した時期が、科学を貫く上で少しばかり早過ぎたかもしれない。
東大を卒えて・中央官庁の高等官に就いた,いわばエリートの道を歩いた彼だが、敗戦と同時に局長のポストを退官し、実務家=財界人に転じた。
潔い進退出処と言えよう。
それに彼は、研究書の中で武力行使の結果と・それで虐げられている民族の資質とは、別の問題であると書いてある。
一生に3世を生きたような山田秀三氏の生涯だが、谷川健一氏や吉田東伍氏に備わる巨人の風格は、彼からも感じる。
さて、もう筆を置くとしよう
4氏の業績・残した著作・研究成果は、極めて膨大である。
地理的共通性・地形の共似性。地名の合同性など、部分から全体までと。その重なり具合は、実に複雑である。対象となる地理事象は列島全体に点在する。
狭い地域をカバーする研究者は、全国におそらく多数居られるであろう。
列島規模となれば、果してどうであろうか?
語句・件名索引が備わっていれば、まだフォロウはしやすいが、、、、、
データベースをもって集積し,電子検索する時代なのだが、、、、、
7月28日は、地名の日である。
谷川健一氏の誕生日にして・山田秀三氏の命日に当たる日である。
今日はこれまでとします