にっかん考現学No.41

今日はクリスマスである。宗教の何たるか?を知らず。来世の存在に疑いを持ち、それを語る宗教家の話を聞いても、すんなりと信仰に入れないまま、還暦をもとうに過ごしてしまった、ウカツ人間である筆者には、幸せを施す「サンタ・クロウス」は訪れることがない。
列島の社会情勢、特に先般終わった総選挙の結果などを重ん見るに、吾が近未来は、「ダンダン・苦労す」の来訪が必至らしい。まあ、落語風に言えば、『貧乏神』である。
さて、前置はそれくらいにして、前稿に引続いて、葬送儀礼の話題である。
墓に金をかけるのは無駄であり、狭い日本列島の将来の土地利用を更に狭める愚行である。と書いたし、我が身に限れば言行一致に徹している。
少し身をずらして考えても、かなり貧乏臭い話で、石屋が怒りだす懸念あるが、心覚えの範囲にそんな堅物はいないから、まずは安心である。理論経済学の結論としても相応の帰結である。
次に広く眼を転じよう。ピラミッドは、諸説入り乱れるが、結論を急げばやはり墓の要素が最大である。もちろん技術開発や雇用創出の随伴デリバティブは無いとは言わないが、アベノミクスと同じ程度に将来に禍根を引き渡す『ヤベーノミクス』観がある。
あそうそう、言い忘れたが、ピラミッドはエジプトだけにあると想わないことだ。死者葬送に係る大規模土木建造物は、すべからくピラミッドであり、保存されやすい性質があるから考古学的事物として墓暴きする学者は世界中に跋扈する。列島には万世一系などとねつ造された君主神話があるので、ピラミッド=古墳の発掘はたとえ学術調査目的であっても規制されている。そこでフラストレーションを抱えたであろう・頭文字「W」なる某有名私大の、これまた頭文字「Y」なる某有名教授は、エジプトに赴き列島向けて発信している。墓の話は、かくのごとくハカバカしくないが、その理由は単なる語呂合わせではない。WもYも、アルファベットの語順がドンケツだからである。
世界的に見て、大規模な墓は労働して食料を生産することが習いとなっている空間域とその居住者民にしか見当たらない。
草原と放牧する民に墓を重んずる思潮は無いと言える。そして、海原と漁撈採集する民にも当てはまる。
何日もそこに留まって、気長に先祖供養に惚けると基本財産である羊が行方不明になってしまうのが必定である。海洋民は、舟の持ち主が死ぬとその舟の中に死骸を入れて、近くの海辺の土中に埋める。
つまり、この2種類の生活文化に属する空間域・移住民は、食料生産のための労働をしないのである。
それが証拠に、「遊牧民」・「回遊航海民」などと言われる。上記の呼び名はまだマシである。差別的な呼ばれ方=馬賊・海賊などがある。
いささか脱線気味だが、労働しない・定住しないは、課税されにくい。この3要素が、農耕民側から差別の眼で見られる主たる背景であるらしい。今住む北陸の地にも「じわもん(定住地元人)・えんじょもん<遠地出身の来住者>」なる区別のための言葉が存在する。
因に海賊に限れば、最後の要素である”税”について触れた、優れた先学があるので紹介しておく
  奈良本辰也・高野澄 謎の日本海賊(祥伝社ノンポシェット1986刊行)より 序の章を参照
最後に,余計なことを付加すれば、食料生産労働を厭わない農耕民は、喜んで課税に服従する者らしいと、役人天国が成立し維持される所以である。
人類史的に、より後世に出現した生産方式が、より古いそれよりも、優れているとの錯誤と過信。それは単線思考史観である。
それは別な切り口では、右上がり・拙速主義の世界観と重なる短絡的思考だが、思考と言うより信仰に近い。上述した『ヤベーノミクス』を賛同・支持する国民層とほぼ重なり、破滅を早める道でもある。
今日はこれまでとします