サイト君 第32話

この国では外国人であるサイト君だが、長期滞在期間はもう45年になる。
しがらみの薄い観察者の眼で見たメゲーヌ国の風景、つい先日彼が語ったことの聞覚えを紹介しよう。
驚いた、そして驚きつつある事の一つが新聞である。過去のしかも現在進行形でもある感想だと言う。
新聞の文字は縦書きだ。
そんな当り前のこと、驚く方がおかしい。
誰もがそう思う。その慣れが恐ろしいのだと、サイト君は言うのだった。
365日・何十年も続くと当り前になり、殆どのヒトが気がつかない。そのようにヒトは無意識のうちに取込まれ、取り憑かれていることを忘れる。
慣れが無関心と無意識を育て、無頓着が当り前になってしまう、ヒトの基本的属性なのかも知れない。
もう一度言う、それはとても恐ろしい事だ。
彼がこの国にやって来た45年前のメゲーヌ国は、タテガキ全盛であった。
官庁文書も約束手形も45年前はタテガキであった。
約束手形はマイカーを手付金だけで購入しようとする時必ず通る関所手形のようなもので、日頃から信用経済のエースである手形に縁の無いお役人ですら書かされる、ローンに必須の重要書類であった。
そのタテガキは、この45年の間に凄まじい勢いで姿を消した。
そう、あの頑固アタマのへなへな揃いの裁判所の書類ですら横書きに変わった。
にもかかわらず、新聞はタテガキのままだ。
この国の国民性を示す象徴的可視物の代表が、なんと最後にして唯一の生きるダイナソウ*。
それが新聞、タテガキ。とサイト君は言うのである。
記憶の中のメゲーヌでは、タテ→ヨコ変換は、官庁が音頭を採って推進したこともあり、ごく短い期間でガラリと変わった。この時に、判型変換B5→A4も同時並行で実施された。
更に序でだが、これと関係の深い事象を思い出そう。
当時多くの和文タイピストが失業または転職を迫られた、その多くは声を出さずひたすら耐忍ぶヤマトナデシコ達だった。
あの娘たちは、どこへ行ったのだろうか?
そのように、社会の大変革がいとも容易に瞬く間に行われる。そしてたちまちに・とてつもなく多くのヒトから忘れ去られる。
そこにこそ、メゲーヌの他に無い、「変わり身の早い」文化の特異性・国民性がある。と言うのだが、、、
*注=dinosaurs近代ラテン語由来語、翻訳は恐竜(死滅し化石でのみ知られる大トカゲ)だが、ここではシーラカンスがふさわしい。生きている化石
このテーマは明日に続く