Kankyo-11

*気体を考える-第11稿
環境について、思いつく不都合を初稿において幾つか挙げ、その列挙順で述べてきた。
9つ目のテーマは、ガス爆発としていたが、本稿ではガス<気体>すなわち空気全般について論じてみたい。
ある朝目が覚めたら、世界が一変していた。そんなことは、なんの才も無い凡人か変人には縁が無いことだ。
だが、里山に住んでいると、或る晴れた雪の朝、家の外の世界が一変することがある、、、麓の街が、すっかり雲海に閉ざされ、視界の中には向こうの遠山しかない大観に出くわすことがある。
大気が作り出す霧・キリは、予想もつかない時季に現れて、思わぬものを隠してしまう。
夜明けの霧も、やがて気温の上昇とともに消えて行く、何とも不思議な存在である。
霧は、大気のヴェールだ。
夜目遠目  傘のうちなる  グレースケリー
とまあ、見え隠れする加減、ヴェールは魅力的である。
霧のロンドン、テムズ川に架かる橋となると、映画と音楽の愛好家は俄然うるさくなりそうだ。映画の方が本邦公開名「哀愁」(1940年MGM。出演ヴィヴィアンリー、ロバートテイラー:原題ウォータールー橋)、音楽の方は「霧のロンドンブリッジ」(1956年、唄ジョースタッフォード)である。どちらも海の向こうのアメリカ製だ、そしてもっと下流に架かる写真受けするタワーブリッジをイメージしないことを踏まえる必要がある。
だがここでは、それが本題でないのでこれ以上は踏込まない。
さて一転興ざめなことで申し訳ない。
ロンドンのキリは、産業革命とともにある。産業革命によって、爆発的にキリが増えたようだ。
大雑把に言えば、キリは雲の類いである。雲を作る条件の一つに核となるエアロゾルの存在が言われる。
産業活動の動力源=石炭を燃焼させると、二酸化硫黄が大気中に放出され、地表付近にいつまでもキリを漂わせるのである。
ロマンチック、恋心を誘うキリは、先進都市 産業公害のロンドンの名物なのだ。
史上最も有名な『キリのロンドン災害』と言えば、1952年である。
記録によれば、12月初旬の大寒波到来で、平年の1.5倍の12千人が亡くなったという。
寒波による寒さを凌ぐために石炭ストーヴが大活躍した、加えてこの頃ロンドン市内を走るバスがディーゼルエンジンに切替られたのだそうである。
いずれにしても、呼吸器系の弱い人は、寒い土地、寒冷の季節は要注意である。日本の四日市、世界のロンドンは、それぞれ並んで有名だが、喘息サミット?の開催地には向かないのである。
キリの話はそろそろ切上げるが、里山の方の霧は、字体でもって区分表記したように、何ら問題が無いどころか、むしろ呼吸器系疾患のある人の転地療養にふさわしい、まことに良い環境なのである。
環境と経済的繁栄とは、両立しない。鼻を利かせて大気の善し悪しを十分嗅ぎ分ける生き方をお勧めしたい。
そして、大気には流れがある、風上・風下を見極めることがまた重要である。
見極める方法は、こうである。
どの地域にも、メインの風向きを指すコトバがある。太宰府菅原道真が詠んだ有名な歌に出て来る「ウメの匂いを運ぶ風ーコチ」は、稀にしか吹かない風の呼び名であろう。
メインの風は、卓越風と言う、その風上方向に有害物質や悪臭を放出する化学工場などが無いことを、予め確かめて置く必要があるのだ。
家を捜す時に、教訓として思い出すのは、「孟母三遷の教え」だ。因みに広辞苑を引用するが、孟子の母は子の教育環境を考えて墓所付近から市場へついには学校の近くと短時間に3度も転居したと言う。
蛇足だが、孟子は中国春秋時代(紀元前400年代)の儒家。その母は不動産業振興の第一人者か?
更なる蛇足で申し訳ないが、近代化学工業は、それから約25世紀後の19世紀初め頃ドイツの軍事大国化を支え急拡大した。
因みに、現代日本では学校の近くに化学工場は建たない決まりとか、、、
風の話に戻ろう、もし近くに噴煙を吐出す活火山があれば、卓越風の方向決定は容易である。
まず山容を眺める、噴出口を挟んで肩が長い方が風下である。
ついでながら、火山災害を避けたい人は、日本海側に住むべきである。列島がある北半球の中緯度帯は、偏西風と呼ばれるくらい卓越風の風上は西から北の間にある。よって、日本海側に住めば、風上に火山を仰ぐリスクは免れる、ただ海岸から4キロメートル以内だと鉄製のマイカーはよく錆を生じさせる、それに地球気候の高温化が進むと海没のリスクがある。
さて、そろそろ筆を置くとしよう、
偏西風と孟子と来ており、風上の中国が話題とならざるを得ない。
卓越風の風上に大陸があると、風下の海の中にある島は、緯度帯不相応に寒いものである。その御陰で誠に有難いことに、雪も降り寒く、夏は堪え難いほどに暑い。四季があるなんて、なんと贅沢な、自然の贈り物であろうか。ホワイトクリスマスも、浴衣での盆踊りも、すべてGNE押上の要因である。四季が無いと詩を作ったり曲を作ったりする人の失業を増やしかねないのである。
だがしかし、日本海は最大幅が僅か600キロしかない。困るくらい日本海は狭過ぎる。
その結果、年がら年中『黄砂』で悩まされる(悩みのタネは”こうさ”と、その昔学生時代から言ってました)。
最近、天からの贈り物は黄砂だけではない。列島全体がロンドンに近づいている。かの国の工業化による石炭燃焼の爆発的増加と自動車の爆発的普及がもたらすもの、それは二酸化硫黄などの空中浮遊物質だが、列島内降下が認められるのだ。中国からの無償のプレゼントとして、、、
日本海沿海都市の中で、大陸から最も遠い都市は新潟である。
しかも、この町にはテムズ川に負けないくらいの日本有数の大河が、ご丁寧に二本も流れる。因みに信濃川阿賀野川だ。そして、霧の万代橋と美川憲一が唄ったそうだから、霧も出る港町なのだ。
将来「キリのニイガタ」と区分表記する日が来ないように祈りたいものだ。
そのためには、一方で中国での大気汚染防止機材の普及を願いつつ、他方では深夜の住宅街をわざとマフラーを外したバイクで暴走する若者か馬鹿者かを厳しく取締まってもらいたい。
バイク車の単気筒エンジン、あれこそはガス爆発そのものである。