2009年の新年メッセージ・・・・・まず、インターネットアクセス環境を備えない方にのみ宛てて送付した年賀はがきを転載します。
 昨晩秋に転住した。2年8か月滞在して
峰の原から一時退去した。縁あって住まい
した根子岳登山口1,500mの地は仙人修行
の好適地であった。自然界と人間界とのボ
ーダーでもあり、季節の、一日の気温変化
が大きく、激しく、雷・霧・雲の大気圏カ
行三姉弟が活躍するグラウンドを体感した

 そこでの衣食住は、エコロジーベースの
厳しい実践に挑もうとすれば緊張を求めら
れたが、いつも関心は、取巻かれる『キリ
』の境界の外にあった。
 漂泊を生きるには、定住は短い
  以下にURL、住所、固定電話の記事が
  続くが、これは省略します。
さて、この度の出稿は、記録によれば、370日振りとなる。事情を知る方は、「ホットな山の一日」を閲覧することで、当人以上に当人の事をご存知の事であろう。しかし、出稿者当人による状況説明は必要かも? これは、当人の生来の野放図さを知る方にとっては、無駄なのだが、そうでない方のため?に一応掲げる。
この1年、面談なり電話なりで=最近書いてないぞ=とのお叱りを?受けた際は、例によって即答出来なかった。その後、どうにか言い訳めいたものをねつ造することができた。こうである。特定の方とメールしていた。実はそこに書いてある事とここの出稿とが、当人にとっては同じ事であったのだ。特定少数と不特定多数(=?ゼロを含む)との違いはあるが、書くと言う事においては同じ営みだった。

以下がブログによる2009年の新年メッセージです。
仙人修行は、船員修行に変更した。とある人に伝えた。例のとおり、無用な事態を招いた。パロディーの世界のつもりであった。当人は、¥せんにん¥と入力したつもりだが、ローマ字変換でNを2つ打つのと3つ打つのと違いであって、送信前のチェックをおろそかにすると、些細な差異でも、笑って貰うべきケースで、怒りとか呆れとかを招くのであった。合掌
指先入力なんぞ、この先更に40年も続くのだろうか?  呆れるほど野蛮なテクノロジー的停滞であると思わないか?
仙人修行からはドロップアウトした。
一時退去とする背景の第一は、ニューヨーク先物商品取引所における円キャリー主動の過剰流動性がもたらした「石油高騰」の影響である。標高1,500メートルでの越冬は、平地人には理解困難であろう。経験と体験とは全く別ものであると言う事に留める。生存のための灯油コストが、不需要期にも拘らず暖房の熱源たる灯油はリッター120円以上となった。恐怖を感じた。
しかも、その高騰の原因が、生存と言う生命の維持と無関係なのだ。
「カネ余り、金融ゲームの世界」
「実需や実物取引と言うホンモノの世界とは無関係の先物と言う、言わばバーチャルな世界」
先物取引の空間軸は西半球内のNYで、現物は油送ルートを含めても東半球内の取引」、、
この二つの遠くかけ離れた世界を繋いでいるのはネットメディアなのだが、インターネッターは、自分から能動的にアクセスして入手したことで、情報の質について疑う事を怠りやすい。
主体的に自らゲットした情報でも、情報である以上、それはある事情と有る意図の元に加工されて居る。つまり、膨らまされたり、絞られたりしていて、事実はネジ曲がっている。しかも、その歪曲の課程が隠されていて証明困難である。
それを忘れるべきでない。キチンと異議を唱える人が少ないから、灯油が買えなくなるのだ。
ネットの事は脇道なので、この程度にする。
が、イスラエル謀略史観なるコトバとグローヴァルメディアにも事業オーナーが存在すると言う単純な事実。
この2つの事実の関係を考える『賢いインターネッター』になってもらいたい。
さて、ここでの冒頭の語=ドロップアウトは、日本語に置換えると脱落となる。近々、仙人のたわごとを披露する事であろうが、ここでは、いささか冗長に堕することを恐れて本論に戻る。
さて、灯油だが、長野県は全国ワースト3にランクされる高値地域であり続けている。年末の今頃は需要期だが、それでも60円台に低下しているだろうか?約4ヶ月でピークの半値以下である。
これは、その昔のオイルショックの時のトイレットペーパー価格乱高下問題と同じ現象だ。
石油メーカーは、今年の前半、先物相場の高騰に便乗して史上空前の利益を計上したであろうが、最近の1〜2ヶ月の需要低落で、積上がった言わば不当な利益を吐出すばかりか、規模縮小するまで落ち込んでいる。
GS閉鎖は、我々過疎地居住のユーザーにとっては、価格高騰以上に致命的なとも言うべき深刻な事態である。
供給者撤退による入手不能の事態が現出する恐れすらある。ポリタンクを積んで隣の県まで石油買出しに行く、こりゃあ悲劇だ。
もちろん生活に必要な物資は、灯油のみではない。ガソリンも食糧も、片道30キロ高低差1000メートルの遠隔の麓に下りて調達する。
我が末端消費者のフードマイレージは、世間以上に割高であったのだ。
 一時退去とする背景の第二は、自家消費限定農業の失敗にある。麓の山間地に畑を借りて「手作り」百姓にトライしていたが、『子=ネ』の夏に「亥=イノシシ」に全部食われてしまった。大いに落胆して、自作農創業の意欲を喪失した。
映画もののけ姫でのイノシシは、敗退して消えて行くイメージだが、我が畑に出現した猪とはべつものであった。
イノシシに虎の子のジャガイモをすっかり食われ、意気消沈した。
夜陰に紛れながら運送業者に頼れず自力で家財道具を運び出す、これを世間では夜逃げと言う。
あのジャガイモ事件で、アイルランドからUSAに逃れたジョンフォード。彼の作ったシリアスな映画『怒りの葡萄』のシーンを思い浮かべた。
実行した。
現住所と旧住所とは、片道で約270キロほどかけ離れている。自分の手でマイカーに運び込み、運転し、自分で車から降ろした。7往復した。ヘンリーフォンダもかなりのひげ面で演技していたが、当方は演技ではない、現実だ。
イカーは2008年2月に購入した登録11年目の中古車、フーヴァー・カーと命名してあった。先見力を証明するようであり、皮肉にも予定調和が成就した。
グリーンスパンが100年に一度の大金融恐慌と名言?を吐く。この事態に重なる事までは想定してなかった。だがしかし、自家消費限定農業の理想、これを放棄してはいない。
イノシシのいない環境での失地回復を期している。
因に上述した手作り百姓とは、農機具を持たない、化学肥料に依らない、農薬を使わない、他人から求められても代価は受取らないの『非カネ4原則』のことを指す。
 一時退去とする背景の第三は、これを最後とするが、、、
海無県に住んで、海族のことを調べると言うのは、やはり無理があった。年齢と体力から「船員』生活に入るのは無理だが、間寛平の真似でなくヨットを操るくらいのフィールドワークは体験したい。
夜逃げしての転入地は、加賀市に近い。加賀市は、あの雪氷学を創始した中谷宇吉郎の出生地だが、橋立(=はしだて)港は北前船の有力な根拠地でもある。
加えて、金沢市には銭屋五兵衛関係の史料がある。
近県の富山市敦賀市とには、昆布流通を巡る過去と現在の蓄積がある。
船乗りには未完のテーマであるホウムレスの構成要素と重なるものがある。更に北前船産業革命前夜において、どのような役割を果たしたのか?それとも果たさなかったのか?についても、知りたいと考えている。
 蛇足だが、只今の大恐慌。世界規模の混乱は、産業革命以後の経済社会では不可避の事態であると言う識者が居る。
筆者はそうは思わない。
産業革命以前と以後とでは、集団労働、工場への通勤、機械や電算機との協調労働、公共輸送のシステム化など多くの社会的大変革が生じたが、この250年の間、システム改良が十分になされなかった。一部の人の都合に合わて一方的に行われたことの歪み<=合成の誤謬>をあたかも与件のごとく既成事実化して援護射撃する御用論者が多過ぎる。

 今年もよろしくお願いします。