2017-01-01から1年間の記事一覧

いかり肩ホネ五郎の病床寝惚け話No.8

呼吸器がいかれて、食が細くなると、ヒトは確実に衰弱死ゾーンに飛び込むらしい。 筆者の場合も、75日間の入院中に、主治医から臨死状態の予告が行われた。 ちょうど1年前のことである。 パートナーから退院後にその事を聴かされて、ぼんやりと憶い出すだ…

高尾山独呟百句 No.2 by左馬遼嶺

遠山は 白く。近野は 黄にくれない 〔駄足吠声〕 実景描写であるが、いささか技巧に走り過ぎた感がある。 一望二相三色を捻り出すためと、定型の5・7・5音に収めようと無理をした。 結果的に、字余りとなっている。 フツウは見たことがない句読点を使って…

高尾山独呟百句 No.1 by左馬遼嶺

春めいて やがてようよう 春が来る 〔駄足吠声〕 この春(新暦。2017年)は、晴天続きだが風は冷たい。 此の地北陸の過ぎた冬は、山雪であったらしい。夏までに電力事業と稲作水田を潤す恵みの源である。 仰ぐ空に太陽があり続ける限り恩恵が尽きぬ自然エナ…

北上川夜窓抄 その31<遠野・続続> 作:左馬遼 

遠野は、北上川の流域である。 遠野を2度まで訪ねた記憶がある。しかし格別に想い出すことはない。 その点、”遠野物語”は、何かと深遠である。 日本民俗学は、”遠野物語”を以て、巨人・柳田国男(1875〜1962)が道を拓いた。 先の稿でも触れたが。”遠野物語”…

いかり肩ホネ五郎の病床寝惚け話No.7

人の一生は重き荷を負うて行くが如し これは、徳川家康が残した言葉だったろうか? 幼くして隣接大藩である今川家に人質に出され、成人して間もなくの頃、桶狭間の戦いで織田勢の急襲に遭い。主家当主の今川義元が討死にした。 駿河遠江を領する大藩が瓦解す…

北上川夜窓抄 その30 作:左馬遼

遠野は、北上川の流域である。 太平洋岸と岩手県内陸部を繋ぐ交通の要衝にありながら、日本列島の古い文化基層の成り立ちを知るために重要な地域である。 冒頭よりやや脱線だが。前稿で歌曲「椰子の実」を取上げ、柳田国男と島崎藤村との親交を述べたが。い…

いかり肩ホネ五郎の病床ネボケ話No.6

行きは良いよい、還りは怖い。 吾が生涯最初の沖縄行は、そんな思い出とともにある。 酸素ボトルを常時携行する妙なタコオヤジが飛行機で来て、那覇の街に居る。 そんなイメージを多くのウチナンチュに与えたのかもしれない。 実を言うと、沖縄の海は,サン…

北上川夜窓抄 その29<遠野> 作:左馬遼 

北上川の源流は、複数あるとされており、いずれも訪れた。 分水嶺の向こうは,馬淵川(まべちがわ)の流域であり、ほぼ未だ踏込んではいない。 だがしかし、それでも岩手県は広い。 実際にマイカーで走ってみた感覚と厳然たる事実とが、時々・度々に食い違う…

いかり肩ホネ五郎の病床ネボケ話No.5

乏才無芸のホネ五郎が古希を過ぎてから、障碍者の認定を受け、想定外の余生を生きる境遇に陥ってしまった。 当初は、軽く受止めていた。野次馬的観察の対象に自分がなってしまった。その程度の軽みであった。しかし、半年も過ぎて。それなりに狭い世捨て人の…