か麗の島 No.2

今月から始めた新シリーズだが、タイトルが何故こうなったか?
その打ち明け話は、もう少し先にしたいと考えている。
か麗の島、台湾に60半ば過ぎにして・しかも初めて往った。
それで加齢となったわけではない。
脱線ついでに,つい好きな道に逸れる。
東アジアの文化基調に居座る・規範色の強い[儒教思潮〕は、多分に若者の老成を求める世界観だ。それもまた、タイトルの由来と全く関係がない。
台湾の旅の印象を一言で述べれば、こうだ。
  外国に行った感じがしなかった
その感じに至る これと言う背景がわからない。
それがそれで,実は大変。
ものを書く以上 ”何故そう感じた?”と,質問されたら・・・どう答えようか?という漠然とした不安
幸いにも?今のところ,まだ適確な答は見つかってない。
このシリーズが終わるまでに、何とか答を もしくは 答らしいものを用意したいもの。
少年時代の故郷の光景?とか
未だ判然としない何かに繋がるか?
まだ、漠然としている。
その判然としないものは、ほとんど民俗的な心象風景である、、、、吾が体験による感想なのだが・・・・
極めて拙速な中間括りにして、かなり粗削りで申し訳ないが、そのようなボウッとしたものを胸に抱えながら,書き続けてゆきたい。
やおら昔受験時代に使っていた地図帳とこの10年使い続ける地球儀まがいとを取出した。
台湾島と日本列島との位置関係を確かめておきたいと思う。
列島は、約2千万年前ユーラシア大陸から離れた=つまり大陸性島嶼である。
東北から南西に細長い・花綵<はなづな・花を編んで作ったツナ>状の陸の繋がりには4つの端がある。
4つの端とは、大陸上にいる人が列島に到達しようと考えた場合に、通るであろうルートのことである。
それを列島サイドに立って、命名してみよう。
 1、 宗谷岬・口
 2、 知床・口 
 3、 対馬・口
 4、 台湾島・口
以上4つの口がある。
国境など後代・俗世的な煩わしさは除外した。また、現代の常識である船や飛行機も考慮しない。
列島人の祖先たる旧石器人が、海を越えて列島に渡った時代は。まだ、国家主権=領土観念も・今日的構造船もなかった。
「口」とは、こっちの陸地へ海の向こうにある大陸の末端から、古典的な方法で渡る場合のルート=入口を言う。
つまり渡海距離が最も短い=海峡の幅が最も狭い位置が口である。
 1・・・・サハリン<旧・樺太>島〜間宮(タタール)海峡
 2・・・・クリル諸島<旧・千島列島>〜カムチャッカ半島
 3・・・・北九州(五島列島を含む)または山陰地方〜 壱岐または隠岐 〜対馬海峡対馬を含む)〜韓半島
 4・・・・鹿児島〜南西諸島(奄美島・沖縄島を含む)〜台湾島台湾海峡福建省広東省 
          ここでは台湾の南に当たるフィリピン・ルソン島を考慮しない
もうお判りかもしれないが、「口」を考えることは、列島人のルーツを網羅的に考えることでもある。
渡海ルートとして「口」を設定するのは、生き物の特性を考えてよりリーズナブルな条件を探るためである。
列島での居住を維持するための人数規模があろう。家族のような・異なる多世代から成る・一定の大きさの集団が、纏まって移住してはじめて、定住は維持されることになろう。
そうなれば、一度限りの移住ではなく、複数回に渡る逐次移住を想定すべきである。
また、いったん移住先へ到達した後に、一部の者が原初の出発地に戻るとか・移住先と原初出発地との間を定期的に行き来したとも考えられる。
隔地間の継続的な往復航海が、かなり早い時期から始まったことは広く知られている。
具体的エヴィデンスとして、黒曜石や翡翠に代表される貴石・高度に希少な原材料が意想外の遠隔各地から発見される例がある。
古い時代の流通の頻度と距離の長大さに驚かされる。
人によっては、文化や加工された文物が、自ら足を持つもののごとく、自力で移動する類いの話を平気でする。
長い時間・多くの人が介在した物々交換の累積が、相当な遠距離を稼いだのであり。
未知への飽くなき渇望が、遠隔地相互を間接かつ連節的に繋いだのであろう。
さて、4つの口のうちで、熱帯圏に連なるルートは、唯一「台湾島・口」のみである。
台湾島は、おおむね22度30分から25度30分の間に位置するが。ほぼ中間にあるチアイー市付近から南が熱帯である。
熱帯とは、赤道を挟む北と南の二つの回帰線に挟まれた平均気温20度超のゾーンを指す。
因みに、チアイーは嘉義と書くが、そこに北回帰線記念塔がある。
やや脱線だが、北回帰線はTropic of Canserとも書く。少しどきりとするのは、あまり健康・体力に自身がないからだ。
太陽に近い高温多湿の地は、瘴癘(しょうれい)の地である。と自称文明の地に生まれ育った華北人や欧州人は、低く見た。
ここで回帰線なる耳慣れないコトバにぶつかったので、事典に当たってみた。緯線の座標データが微妙に異なっていた。
一方が23度26分・他方は23度27分とある。それぞれの刊行時期がずれているし・太陽も地球もともに動くからだろうと、まあ簡単に考えた。
整数以下にアバウトな筆者だから、天文学は縁遠い。
地軸は公転軌道面に対して傾き・その軌道面も正しい円形ではないのだから時々揺らぐであろう?
さはさりながら、暖かい土地に希望を持つ、そこはロマンに満ちている。
そこでは名も知らぬ遠い島からヤシの実が流れ出す。
ヤシの実だけではない。面白い形の貝が採れる。
北の方では大型の貝そのものが珍しい。
希少なものは、価値がある。
価値あるものは「貝」に因む・貝を素材とする。
装身具はいつの時代も、カメオ・パール・・・貝がらみである。
筆者に最も乏しいものだが、漢字を使う表意文字の世界では・・・財貨だ。
僅か2文字に、パーツの”貝”が2つも出てくる。
気が遠くなる古い時代は、貝が貨幣であった。と字面が物語っている。
貝の故郷=南国、常夏の地は、憧れの地。
真珠採りも船乗りシンドバッドも、サクセス・ストーリィーは南にこそある。北国に生まれ育った筆者にはまことに縁遠い。
ここまで書いてきても、冒頭の設問に近づく答は見つからない。
漠然とだが、ヒントは二つある
それは次回に語ることとしよう。