泉流No.83 夕雲

* 面白き  ヒコウキ雲だ  うす茜
〔駄足〕 依然寒いが、ほぼ一日晴れた。久しぶりに外を少し歩いたが、公園の中は、雪と水溜りしかないから、春はまだ少し遠い。
およそ、足下が覚束ないのに、頭の上を見上げるとは。我ながら、妙な仕草だと思う。でも、ゆっくり考えると、なんとなく背景が判る。眼の前の視界が狭いからだ。
公園は、住宅地の中にあるのだが、道も狭く、家の造りも狭い敷地に、総2階建てが、ぎっしり建っている。要するに、目のやり場がないから、つい空を見上げている。
それは正解だった。
なんと、暮れなずむ、薄青く、うっすらほの茜色の空に、何本もの細長い帯雲が浮んでいる。
それに、出来立てが2本も、同時進行で、ゆっくり伸びている。
後ろのヤツは、何故か黒い細帯。飛行機雲と言えば、白いのが定番なんだが、、、こんな色は始めてだ。
夕暮れの太陽をバックにして飛ぶせいだろうか?
〔駄足の蛇足〕 2月の夕暮れは、なんとも寂しい。
何故だろうか?
そうだ、バック・グラウンド・ミュウジックが欲しいと思った。
エンヤがいいと思った。
その昔、イエロウストーンに格安料金で行った。成田からミネアポリス経由だから、いささか時間と燃料の無駄だが、今日のLCC(格安航空機材)就航の遥か昔のこと。当時から、景気づけが必要な閑散ルートがあって、カモがウロウロする企画にはめられてしまった。
目的地を横目に、ビリヤードのクッション・ボールよろしく、あちこちの空港をタライ回しされ、乗継だけのために立寄る空港の数々。空港建物の外に出ることも叶わず、無駄に過ごす時間の累積に閉口したことを思い出す。
空港の外は知らないが、中は没個性で、どこも同じだった。アメリカは広い、地域差も大きい筈。
なのに眼前の商業戦略は画一・一辺倒であったから、閑散客御用達になり、2度と行くまいとなるのかも?
話が思わぬ道草となってしまった、本題に還ろう。
その時ミネアポリス空港で始めて聴いた、アメリカらしからぬミスマッチ音楽が、ケルトだった。とりあえず、CD1枚買ったが、帰国後聴いた記憶がない。
その前にケルトとは、何ものか?
当時全く予備知識が無かったことも、印象が薄くなってしまった一因であろう。
数年後、あの曲を日本で耳にするようになり。エンヤであることを知った。
独立系映画の傑作「ガイア・シンフォニィー 地球交響曲」に出演しており、今日まで何度も見ている。
ヴォーカルは、ゲール語だろうか?
彼の地に旅行したことはない。が、いつかは訪ねてみたいと思う。幕末期に駐日した英国関係者の中にアイルランド人が多いからである。
アイルと日本。ともにユウラシア大陸を挟んで、こっちは極東で。あっちは極西。しかも、どっちもシマグニだから、共通するものがありそうだ。
もう1つ思い出すものがある。当時、レヴィ・ストロースの「悲しき熱帯」を読んでいたのだ。
彼が主唱した構造主義は、現代の礎となった西欧世界の価値観が、支配の下に置かれたこちら側のそれと、大差がないことを、白い側から指摘した。西側が、ルールのごとく東側に押付けたものが、拝聴するほどの代物でなかったことを解明した。
私にエンヤとレヴィ・ストロースを繋げのは、南米の大河「オリノコ」『フロウ』だが。
アイレ人にもフランス人にも、南アメリカ大陸は眼の前の水帯の対岸の地でしかない。
その感覚は日本人である私は判らない。でも・・・
エンヤが書いた癒しのミュウジックは、映像背景音楽として、新時代を大きく開いている。